フーリエ級数は、周期関数を正弦波と余弦波の線形結合で表現する数学的手法です。この概念は信号処理において極めて重要で、任意の周期信号を基本的な三角関数の組み合わせとして理解することができます。
基本概念
数学的背景
ベクトルの内積の視点から考えると、ベクトルを二つの基底ベクトルの線形結合で表現できるように、ある関数を正弦波と余弦波の線形結合で表現することができます。
周期関数 x(t) に対して:
x(t)=x(t+T),f0=T1,ω0=T2π
ここで:
- T:周期
- f0:基本周波数
- ω0:基本角周波数
フーリエ級数展開
実関数表現
周期関数 x(t) は以下のフーリエ級数で表現されます:
x(t)=2a0+∑n=1∞(ancosnω0t+bnsinnω0t)
フーリエ係数
フーリエ係数は関数の内積として求められます:
an=T2∫0Tx(t)cosnω0tdt
bn=T2∫0Tx(t)sinnω0tdt
- an:余弦波成分の係数(関数と余弦関数の内積)
- bn:正弦波成分の係数(関数と正弦関数の内積)
- 2a0:直流成分(信号の平均値)
直交性
三角関数の直交性は、フーリエ級数の数学的基礎となる重要な性質です:
T2∫0Tcosmω0tcosnω0tdt=δmn
T2∫0Tsinmω0tsinnω0tdt=δmn
T2∫0Tsinmω0tcosnω0tdt=0
クロネッカのデルタ
δmn={10if m=nif m=n
関数の内積の特性として、自分自身との内積が1、異なる関数との内積が0となることを表しています。これにより、各周波数成分を独立して計算できます。
パーセバルの等式
パーセバルの等式は、時間領域のエネルギーと周波数領域のエネルギーが等しいことを示します:
T1∫0Tx2(t)dt=4a02+21∑n=1∞(an2+bn2)
この式は信号の平均パワーを表し、左辺は時間領域での平均パワー、右辺は各周波数成分のパワーの総和を表します。
複素数表現
オイラーの公式
複素数表現を用いることで、フーリエ級数をより簡潔に表現できます:
ejω0t=cosω0t+jsinω0t
オイラーの公式により:
cosω0t=2ejω0t+e−jω0t
sinω0t=2jejω0t−e−jω0t
複素フーリエ係数
実フーリエ係数から複素フーリエ係数への変換:
ancosnω0t+bnsinnω0t=2an−jbnejnω0t+2an+jbne−jnω0t
複素フーリエ係数を定義すると:
cn=2an−jbn
複素フーリエ級数
x(t)=∑n=−∞∞cnejnω0t
cn=T1∫0Tx(t)e−jnω0tdt
複素数の直交性
複素数版の直交性:
T1∫0Tejmω0te−jnω0tdt=δmn
複素数版パーセバルの等式
T1∫0T∣x(t)∣2dt=∑n=−∞∞∣cn∣2
複素数表現を用いることで:
- 数式が簡潔になる
- 負の周波数成分も含めた統一的な表現
- 数学的操作が容易になる
- フーリエ変換への自然な拡張が可能
実用例と応用
方形波のフーリエ級数展開
周期的な方形波は以下のフーリエ級数で表現されます:
x(t)=π4A∑n=1,3,5,...∞n1sinnω0t
この例から分かるように:
- 方形波は奇数次の正弦波成分のみで構成される
- 高次成分の振幅は 1/n で減少する
スペクトラム解析
フーリエ級数係数 ∣cn∣ は、信号の振幅スペクトラムを表します:
- 各周波数成分の振幅を示す
- 信号の周波数特性を可視化
- フィルタ設計の基礎となる
まとめ
フーリエ級数は信号処理の基礎概念として重要です:
- 周期信号の分解:任意の周期信号を基本的な三角関数の組み合わせとして表現
- 直交性:各周波数成分を独立して扱える数学的基礎
- エネルギー保存:パーセバルの等式によるエネルギーの保存則
- 複素表現:より簡潔で扱いやすい数学的形式
次章では、フーリエ級数を非周期信号に拡張したフーリエ変換について学習します。
- フーリエ変換:非周期信号への拡張
- 離散フーリエ変換(DFT):ディジタル信号処理での実装
- 高速フーリエ変換(FFT):効率的な計算アルゴリズム
- 窓関数:有限長信号の処理における重要な概念