最適化問題の基礎
概要
最適化問題は工学、数学、経済学など様々な分野で重要な役割を果たしています。本文書では最適化問題の基本概念から制御理論への応用まで包括的に説明します。
基本概念
最適化問題の構成要素
最適化問題は以下の要素から構成されます:
評価関数(目的関数)
- Performance index / Performance function 評価関数
- Cost function コスト関数
- Objective function 目的関数
工学的な問題の結果の望ましさを自由変数の関数として実数値で表現する関数です。
最適化問題の定義
- Optimization problem 最適化問題: 評価関数を最小化または最大化する自由変数を求める問題
制約条件
- Constraint 拘束条件 / 制約条件: 自由変数を選択する際の制限範囲
一般的に最小化問題として定式化されます。最大化したい場合は、目的関数に負の符号を付けることで最小化問題に変換できます。
数理計画問題
分類
自由変数が有限個の変数である最適化問題を数理計画問題(Mathematical programming problem)と呼びます。
線形計画問題(Linear Programming Problem)
- 評価関数と拘束条件がすべて1次式(線形)
- 効率的な解法(単体法など)が確立されている
二次計画問題(Quadratic Programming Problem)
- 評価関数が2次式、拘束条件が1次式
- 凸二次計画問題は効率的に解ける
非線形計画問題(Nonlinear Programming Problem)
- 線形計画問題以外のすべての問題
- 一般に解くのが困難
線形計画問題から非線形計画問題へと進むにつれ、計算の複雑度は指数関数的に増加します。
数学的表現
一般的な数理計画問題は以下のように表現されます:
ここで:
- : 目的関数
- : 不等式制約
- : 等式制約
汎関数と変分問題
汎関数の概念
評価関数が関数に対応して結果の望ましさを実数値として与える場合、これは「関数の関数」となります。
定義
- Functional 汎関数: 関数を入力として実数値を出力する関数
- Variational problem 変分問題: 汎関数を最小化する問題
- Variation 変分: 関数の微分を汎関数に拡張した演算
- Argument function in a functional 変関数: 汎関数の変数に相当する関数
変分問題の例
最も基本的な変分問題の一つは以下の形式です:
この問題はオイラー・ラグランジュ方程式によって解かれます:
変分法は17世紀のベルヌーイの最速降下線問題から発展し、物理学の最小作用の原理などに応用されています。
最適制御理論
基本概念
制御問題を最適化の観点から捉えることで、体系的な設計手法が得られます。
制御問題の最適化への帰着
制御の問題は以下の2つの方法で最適化問題として定式化できます:
-
数理計画問題としてのアプローチ
- フィードバックゲインなどを自由変数とする
- 制御系設計を有限次元の最適化問題として解く
-
変分問題としてのアプローチ
- 制御入力を変関数、評価関数を汎関数とする
- 最適制御問題(Optimal control problem)として定式化
最適制御問題の定義
最適制御問題では以下の要素を定義します:
- 評価区間(Horizon): 制御入力を最適化する時刻の範囲
- 最適制御(Optimal Control): 評価関数を最小にする制御入力
フィードフォワード制御との関係
最適制御は主にフィードフォワード制御に用いられます。現実の制御系では以下の課題があります:
- フィードバック制御が基本的に重要
- 状態の関数としてフィードバック則を決定する必要
- 線形システム以外では最適制御問題はフィードバック制御に適用困難
理論的に美しい最適制御も、実装の観点から制約があることを理解することが重要です。
モデル予測制御(MPC)
基本原理
モデル予測制御(Model Predictive Control, MPC)は最適制御を実時間フィードバック制御に応用する手法です。
アルゴリズム
- 評価区間の長さをとして設定
- 現在の時刻を最適制御問題の初期時刻とする
- 未来時刻までの最適制御を求める
- 最適制御の最初の値のみを実際の制御入力として使用
- 次の時刻で1-4を繰り返す
評価関数
ここで:
- : 終端コスト
- : ステージコスト
別名
- Receding Horizon Control (RHC)
- Moving Horizon Control
- 制約を明示的に扱える
- 予測モデルを活用できる
- 多変数システムに適用可能
制御と最適化の実践
実装のステップ
実際に制御問題を最適化によって解く際の重要なステップ:
1. モデル化(モデルベース制御)
- 制御対象のモデルを作成
- 現実では非線形モデルが一般的
- モデルの精度が最適解の品質を決定
モデルが不正確だと、予測した最適解が無効になる可能性があります。
2. 評価関数と制約条件の設定
- 目的に適した評価関数(アルゴリズム)の設計
- 物理的制限による制約条件の設定
- 良い性能を得るための適切な設計が必要
3. 最適化条件の導出
- 最適解が満たすべき条件を数学的に導出
- 解析的に解けない場合は数値的手法を使用
- 反復計算による解の改善
4. 数値計算による解探索
- 効率的なアルゴリズムの選択
- 計算時間とサンプル時間のバランス
- 実時間最適化(Real-time Optimization)の実現
5. 評価関数の調整
- ステップ2-4を繰り返し実行
- 望ましい応答が得られるまで調整
- 試行錯誤による改善
計算上の課題と解決策
主な課題
- 計算時間が制御サンプル時間を超過する可能性
- 非線形問題の局所最適解への収束
- 実用化の困難さ
技術進歩による解決
- 計算機性能の向上
- 数値解法アルゴリズムの改良
- 実時間最適化の実現可能性向上
近年のGPUやTPUなどの並列計算技術により、複雑な最適化問題の実時間処理が現実的になってきています。
実装例と応用
オフライン最適制御 vs 実時間最適制御
最適制御の実装方法は大きく2つに分類されます:
オフライン最適制御
- 事前に最適制御入力を計算
- 計算時間の制約が緩い
- 外乱に対する適応性に限界
実時間最適制御
- 各サンプル時刻で最適化を実行
- 外乱や不確かさに対して適応的
- 計算時間の制約が厳しい
応用分野
最適制御理論は以下の分野で広く応用されています:
- 航空宇宙: 軌道制御、姿勢制御
- 自動車: エンジン制御、自動運転
- 化学プロセス: プラント制御、品質管理
- ロボティクス: 軌道計画、動作制御
- 金融: ポートフォリオ最適化、リスク管理
まとめ
本文書では最適化問題の基礎から制御理論への応用まで包括的に説明しました:
- 基本概念: 評価関数、制約条件、最適化問題の定義
- 数理計画問題: 線形、二次、非線形計画問題の分類
- 変分問題: 汎関数と変分法の基礎
- 最適制御: 制御理論と最適化の融合
- MPC: 実時間制御への応用
- 実装: 実際の制御系設計における考慮事項
最適化理論は理論と実践の両方が重要です。数学的な理解を深めると同時に、実際の問題への適用を通じて理解を深めることを推奨します。
参考文献
- 大塚 敏之, 非線形最適制御入門(Introduction to Nonlinear Optimal Control),コロナ社, 2011.
- Boyd, S., & Vandenberghe, L. (2004). Convex Optimization. Cambridge University Press.
- Nocedal, J., & Wright, S. J. (2006). Numerical Optimization. Springer.
- Rawlings, J. B., Mayne, D. Q., & Diehl, M. (2017). Model Predictive Control: Theory, Computation, and Design. Nob Hill Publishing.